片野光男です。これは、教授会メンバーの要望に応え、平成26年9月2日に九州大学医学部門教授会で私が報告した内容です。極めて重要な事柄であり、腫瘍制御学教室で学んだ皆さんの中に万が一、医大新設反対の理由を正確に理解していない人がいるかもしれないので改めて報告します。


 全国80医学部および付属病院が、医大新設に反対している事は当然承知しておられると認識しておりましたが、どうも正しく理解していない方がおられる様で、8月25日に突然、全国医学部長病院長会議から「医学部新設反対」に対する確認事項という文書が送られてまいりました。個々の責任をより明らかにするものです。  
この問題は、大学としての考え(意思)が問われる極めて重要な課題ですので、医学部新設反対に至る、これまでの経過を改めて簡単に説明いたします。

 10数年前、自民党政権下において医師過剰が予測され、「医師削減」が九大にも投げかけられた事は記憶にあると思います。その当時、私は、医師過剰と言えども九大が良医を育成しているという自信があるなら削減には乗るべきではないと主張し、結果的に、九大は定員削減には乗りませんでした。  
ところが民主党政権になると、一転して医師不足が叫ばれ、根拠は不明ですが、医師数の50%増方針が決定しました。この決定を受け、医師増加の方法として「医大新設」の動きが活発になって来たのです。

 しかし、農業政策のように10年間隔で医師の不足や過剰といった真逆の考えが繰り返される国の状況において、全国医学部長病院長会議としては全国医学部長・病院長が同じテーブルで将来を見据えた討議を行う必要があるとの結論に至りました。
討議の結果を要約しますと、「将来的に医師過剰が予測される中で、現在の医師不足に対応するには」、

  • 1.社会の状況に応じて医師数をコントロールできる「既存の医学部の定員増減」で対処するのが最も自然であること。
  • 2.仮に、現在の医学.医療レベルを維持した医学部を新設するには、教官の絶対数が明らかに不足している。
    教官の育成には膨大な時間とコストを要するが、「医学部新設」構想は既存の大学や拠点病院からの教員引き抜きが前提であり、この無理な引き抜きは、深刻な地域医療崩壊を招くことは必至であること。

 以上2点のみから考えても、「医師の過不足への対応は、既存の医学部教員のボランティア精神に期待し、既存の医学部の定員増減で実施すべきで、医大の新設は厳に慎むべき」という結論に達しました。

 5年前、この全国医学部長病院長会議の結論を受けて、既存の全国80医学部は医大新設に反対するとともに、対応策として各々の医学部において速やかに定員増を決定したのです。九大(当時の高柳研究院長、久保病院長)も、教授会承認のもと、定員増に舵を切り100人から現在の111人に定員を増やしました。
その結果、全国レベルでは1600人を越える医学生定員増が実現しました。
即ち、既存の大学の教員個々の負担増(犠牲)の上に、何とか学生の質を大きく低下させることなく、5年間で実質、15以上の医大新設に相当する大事業を成し遂げました。
残念ながら、我が国では近い将来、医師過剰時代が到来することは論を待たないでしょう。その時が来れば、既存の医学部の定員削減に舵を切ることで、医大解体という悲惨な事態を回避しつつ、社会のニーズに対応できるのです。

 上記の理由から、九州大学としても医学部長・病院長レベル、更には教授会レベルで、一貫して医大新設には明確に反対してまいりました。昨年までは、文科省も全国医学部長病院長会議の提案を受け入れ、医師不足には既存医大の定員増で対応する方向を選択し、医大新設には極めて慎重な対応をとっていました。

 ところが、東北大震災による東北地方の医師不足解消という名目で、突然文部大臣が東北地方に一校に限り医大新設を受け入れると表明しました。
都市部への流出で、慢性的に深刻な医師不足に悩む東北に、震災が拍車をかけたのは事実です。しかし以前から指摘される通り、東北など地方における「医師偏在による医師不足問題」は、職業選択の自由が保証される現状において、流出に歯止めをかける何らかの抜本的対策(研修医勤務制度の法改正など)が行使されなければ解消は困難です。
「医大新設」と同列で論ずるのは的外れであり問題のすり替えに他なりません。

 この文部大臣表明を受け、全国医学部長病院長会議は全国80大学の総意として、改めて平成25年11月28日、「医療崩壊をもたらす医学部新設に反対します」という声明を出しました。九州大学も、医学部長・片野と、病院長・久保千春氏がこの声明に名を連ね「医大新設反対」を改めて表明しています。  
すなわち、九大医学部、付属病院は、現在に至るまで5年以上にわたり、「地域医療崩壊を招く医大新設に反対する」という明確な意思を、内外に向けて発信して来たわけです。

 しかし、東北一校のみ新設という約束の、舌の根も乾かぬうちに、平成26年3月28日、政府の国家戦略特別区諮問会議において、医学部新設を含めた新事業創出の検討が決まったという報道が出ました。具体的には「国際医療福祉大学」が特区での医学部新設に名乗りを上げています。
これを受けて、4月8日、全国医学部長病院長会議・国立大学医学部長会議・国立大学付属病院長会議・日本私立医科大学協会が連名で「特区での医大新設に反対する」声明文を、文部大臣、厚労大臣らに提出いたしました。

 以上、九州大学における長年にわたる「医大新設反対表明」は、高柳元研究院長と久保前病院長から、世話人会や教授会の場で、医学部定員増の理由説明などの折に、報告されてまいりましたし、新聞やネットあるいは全国医学部長病院長会議のホームページ等で現在に至るまで公開され続けてきました。
したがって、医学部あるいは病院関係者であれば「九大医学部および付属病院が、信念を持って医大新設に反対していることは言わずもがな」と考えておりました。  
多忙極める大学や拠点病院で、日々奮闘する医師達が、引き抜きによる穴埋めによって更に疲弊し、ひいては患者さんへのしわ寄せとなる、地域医療崩壊を招くことは、現場を知る医療従事者であれば容易に想像がつくからです。

 しかし奇しくも今回の総長選挙において、医大新設反対におけるこれまでの我々の取組みを、自ら否定し根底から覆す、良識を疑わざるを得ない言動が、保健学科・医学部の一部・薬学部から飛び出しました。

 すなわち、九州大学医系から推薦を受け出馬した候補者(片野)に対し、「新設医大を推進する国際医療福祉大学副学長」の立場で立候補した久保千春氏(学外候補)と一本化すべき」という、整合性の無い信じ難い指摘がなされました。

 私は只々啞然として彼等の言葉やその後の言動を見てきましたが、新設医大反対という組織レベルにおける決定事項と、個人の考えを区別出来ない人は、どこにでもおられるようで、先程冒頭で述べましたように、8月25日に突然「医学部新設」反対における再認識と教員への周知をお願いしたい由の文書が、全国医学部長病院長会議から届いた次第です。

 この件に関しては、後日、何らかの形で九大医学部および付属病院の意思を改めて全国医学部長病院長会議に伝えることになりますので、皆さんには配布資料をしっかりお読みになり、反対か賛成かを外に向かって明確に表明できる意思をお決めになっておいて頂きたいと思います。
医学部および付属病院の意見を確認した上で、九大としての決定を九大本部に投げかけることになると思います。

 この問題が語っているように、我が国の医療の方向性を左右する根幹というべき課題において、重大な責務を負う立場にある我々自身の認識能力(意識、意思)が弱体化し、国策と自身の感情の区別も出来なくなっているとすれば、憂うべき状態にあると認識すべきです。(注意)
11月14日から東北薬科大学における医学部新設に伴う教員公募が開始されました。さらに、12月10日には全国医学部長病院長会議から「国家戦略特区における医学部新設」について、二つの地区(成田市、神奈川県)で分科会が開催されるようになったという連絡が届きました。
なお、12月24日には、全国医学部長病院長会議・日本医師会・日本医学会三者合同記者会見により東京圏国家戦略特区における医学部設置問題についての反対声明を行いました。

 現在、我が国は「特別」「特区」という名のもとに閣議決定という手法で、 一握りの人達によって国の行く末が、いとも簡単に刹那的に決定される国家になりつつあるのかも知れません。
医大新設には、必ず推進委員会がありホームページ上で閲覧できます。  
彼等がかつてどういう立場で、どのような発言をしてきたのかを確認してみて下さい。

 腫瘍制御学の皆さん、自身が良医であることはもちろん、我が国医療の、 良心ある先導者としての気概を持って、日々の診療・研究に汗してください。