腫瘍グループの代表的な研究内容

1)低酸素で誘導されるRBPJ/MAML3-SMO活性化経路の解析と膵癌治療への応用

我々は、癌の微小環境である低酸素環境において膵癌の悪性形質に関与するHedgehogシグナルの起動蛋白であるSMOの転写活性が誘導されることを見出した(Onishi H et al, Cancer Sci, 2011)。この発見を契機に、低酸素-SMO転写活性化経路の研究を実施した。その結果、転写因子RBPJ及び転写共役因子MAML3がSMO転写活性を制御している可能性を見出した(RBPJ/MAML3-SMO活性化経路、Onishi H et al, Cancer Lett, 2016)。現在、新規に見出されたRBPJ/MAML3-SMO活性化経路の分子生物学的解析を行い、同経路の膵癌悪性化(増殖・浸潤・腫瘍形成能亢進など)への関与および膵癌治療への応用を検討している。

2)固形癌の新規治療法開発を目的としたTrkB/BDNF経路の解析

今までの研究で、TrkB/BDNF経路(神経栄養因子ファミリーに属するチロシンキナーゼレセプター経路)の生物学的意義の解析を行い、TrkB/BDNF経路が予後不良である肺神経内分泌腫瘍の新規治療標的となる可能性を示唆する結果を得た(Odate S et al, Lung Cancer, 2013)。現在、特に予後不良な固形癌である膵癌、小細胞肺癌に対する新規治療法を開発するために、「TrkB/BDNF経路が、癌に対する1)診断補助因子、2)予後予測因子、および3)治療標的分子となり得るかを検証している。

3)膵癌幹細胞を標的としたCD24/STAT1/Shhシグナル経路阻害による膵癌治療の開発

我々は、研究を通じて、癌幹細胞マーカーの1つであるCD24分子が、乳癌では転写因子STAT1の発現を負に制御し、その結果CD24陰性細胞でSTAT1発現が亢進すること、及びSTAT1がHhシグナルのリガンド:Shh発現を亢進しHhシグナル活性化を介して癌悪性化を誘導していることを見出した(CD24/STAT1/Shh経路、Suyama K et al, Cancer Lett, 2016)。一方、膵癌細胞株の中には逆にCD24がSTAT1発現を正に制御しShh発現亢進を介してHhシグナル活性化を誘導するものがある、という結果も得ている。現在、さらに研究を発展させ、膵癌におけるCD24/STAT1/Shh経路に焦点をあて、CD24/STAT1/Shhシグナル経路阻害による膵癌幹細胞を標的とした治療法開発を行っている。

4)Gli2シグナル経路を標的とした新規胆嚢癌治療開発

Hhシグナル系が種々の癌腫さらには癌幹細胞で再活性化しており増殖・浸潤・腫瘍形成に関与すること、および治療標的となることをこれまでの我々自身の研究を通じて既に確認している。一方で、我々は、胆嚢癌においてHhシグナルが再活性化しており、増殖・浸潤能亢進に関与する可能性を初めて報告した(Matsushita S et al, Cancer Sci, 2014)が、同時に、胆嚢癌ではGli1は単にHhシグナル系が活性化していることを示唆する指標に過ぎず、Gli2が増殖、浸潤能亢進に関与する中心的な転写因子である可能性が分かった。このようにHhシグナル系は癌治療開発の上で非常に重要なシグナルであるが、癌腫ごとに重要な転写因子が異なっている可能性が分かってきた。Hhシグナル阻害治療は、Gli1を中心とした古典的なHhシグナルを標的として開発されることが殆どであるが、今回我々が見出したように、転写因子Gli2が優位に働いている胆嚢癌においては、Gli1の阻害のみでは癌治療は不十分であり、Gli2を標的とする治療法の開発がなされるべきであると考え、本課題に取り組んでいる。